秋庭農園 わたし達のこと

秋庭 覚 あきば さとる

 秋庭農園 17代目

 小さい頃は農家にはならないと決めていました。

次男だったこともあり、継ぐことを考えたこともなく、早く家をでて自立して、このまま都会で住んでいくんだと思っていました。
社会人になり、銀座のレストランで料理人をして行く中で、顔が見える生産者さんの食材を使って料理をしていくと、完成されたお皿の中身は自分だけの力だけじゃなく、美味しさの元は生産者の方がつくる食材そのものにあることを身をもって知りました。

 そんな中、お米農家だった実家に帰省した際に、ふと畑を見てみました。

今までは視点がそこにいかなくて気付けなかったのだけど、母親が家で食べるために沢山の野菜やハーブを育てていて、 そして採れたての食材で料理してくれたご飯は、こころと体が豊かになる美味しさがありました。

 

母親がつくっていた食材を試しに働いていたお店に持っていき、 お店のスタッフやお客様に出したところ、絶賛されました。 シンプルに心から嬉しかったです。

自分の母親、農業をしてきた実家、育ってきた土地、いつも旬のものが育つ庭、今まで見えていなかったものが、  パーッと視界が開けるようにみえて、自分のバックグラウンドに対し、『なんて価値のあるものだったんだろう』と感謝が溢れました。

同時にずっと欠けていたアイデンティティーの一部が補われ、開放されたような気もしたのです。

秋庭ヒロコ

 

農家とは縁なく育ってきた子供時代。

何事も直感で決めるタイプで、大学時代もそんな自分の直感で染織を専攻しました。
玉ねぎの皮や桜の木などの植物から色を出し染める時間に心地よさを感じていました。

就職して自然派の建築リフォーム会社のショールーム受付事務や雑貨販売を担当し、それなりに楽しく過ごしていたものの、どこかで、力を出し切っていないような、そんな気持ちを感じていた時、仕事で企画したワークショップのハーブの講座にビビビっときました。

そして、転機になったのは、2011年の東日本大震災です。

生きる意味を見つめる機会になりました。

じっくり考えてみると「自分の人生は、スイッチポンで何でもできて、可愛い洋服を買って着飾って、便利さの上でなんとなくふわふわ生きている、主体性のない人生だな」と気づいてしまったんです。

それで「もっと自分らしく生きていきたい」との想いで、興味のあるイベントや農業体験などに参加し始めました。

特に印象に残ったのが、シェ・パニースというアメリカの有名なオーガニックレストランのシェフが来日するイベントで、参加者が自分の手で作物を収穫したり、鳥の皮をはいだりしました。スーパーでしか見ない食材のその先があること、当たり前だけど、そこには生産者がいて、生き物がいて...という過程があることに気付きました。そして「生産者の近くにいたい。『たべる』と『つくる』を繋げるところにいたい」と思うようになりました。


その後、もっとこの世界に近づきたいと転職し働き始めた銀座のカフェレストランで、ハーブティーの知識を活かし、ドリンクの開発やサービスなどを経験しました。お店には農家さんから採れたての野菜が届くのですが、その美しさや美味しさ、味に大いに感動しました。「農家とはクリエイターであり、創造的な素晴らしい仕事だな」という尊敬と憧れが生まれました。

そんな時に、職場近くのレストランで料理人をしていた夫と出会いました。お互いに農業をしたい気持ちがあり、ノートに夢の農園の姿を描きながら夢を膨らませました。その後結婚し、すぐに年子で息子2人を産んだ後、先に兼業で農業を始めていた夫と一緒に農業を仕事にしました。

秋庭農園の過去・現在・未来

coming soon


秋庭農園 〒306-0052 茨城県古河市大山